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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2626号 判決 1977年11月22日

控訴人

日野自動車株式会社

右代表者代表取締役

荒川政司

右訴訟代理人弁護士

高橋梅夫

被控訴人

北畠秀

右訴訟代理人弁護士

渡辺泰彦

右当事者間の昭和四九年(ネ)第二六二六号雇傭関係存在確認請求控訴事件について、次のとおり判決する。

主文

原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人に対し、昭和四六年一一月一六日以降昭和五〇年一〇月二六日まで毎月金四万七六二八円の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

被控訴人の当審における請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その二を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

被控訴人の当審における請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

原判決主文第一項を次のとおり変更する。

被控訴人が控訴人に対し正社員の雇傭契約にもとづく権利を有することを確認する。

(第二次的に)

被控訴人が控訴人に対し準社員の雇傭契約にもとづく権利を有することを確認する。

との判決。

第二主張

当事者双方の主張は、左に附加するもののほか、原判決事実欄に摘示されたとおりであるから、これを引用する。

一  被控訴人

1  控訴人会社においては、準社員採用後六ケ月を経過すると正社員への「登用選考」が行われることとなっていたが、この選考においては、正社員を希望する準社員は、極端に出勤率の悪い者、勤労意欲のない者など特殊の場合を除き、すべて受験できることとなっており、かつ、日常普通の勤務成績を挙げている者は、選考試験そのものの成績とかかわりなく、選考の結果として正社員に登用されていた。

しかるに、控訴人は、本件違法な解雇により被控訴人が「登用選考」を受験する機会を奪ったが、被控訴人はもともと勤務成績良好で、選考を受けてさえいたら、これに合格していたであろうことは明白である。

よって控訴人は、被控訴人の選考受験という条件の成就を故意に妨げたものというべく、被控訴人は民法第一三〇条により、準社員として採用され一年を経過した昭和四七年四月二八日をもって控訴人に対し正社員としての雇傭契約上の権利を取得したものであるから、これが確認を求める。

2  仮にしからずとしても、被控訴人は原審で主張したとおりの理由によって、控訴人に対し準社員としての雇傭契約上の権利を有するものであるから、これが確認を求める。

3  控訴人の後記二の3の主張のうち、雇傭契約に昭和四七年四月二八日に終了する旨の定めがあったとの点は否認する。

4  同4の主張のうち、本件雇傭契約に、控訴人主張の特約(原判決別紙二記3)があったことは認めるが、勤続一年以内に三回存する登用選考の機会はいずれも選考を得られなかった場合についての定めであって、かかる登用選考受験の途をとざされていた被控訴人に対しては、右条項は適用されない。また同条項に基づく一ケ月前の解雇予告の意思表示がなされたとの事実は否認する。

5  同5の主張のうち、(一)の事実については、被控訴人が昭和五〇年七月一七日業務外の事由で負傷し、入院加療したことは認め、その余は否認する。同(二)の意思表示到達の事実は認める。なお、被控訴人は当時すでに正社員であったから、準社員就業規則に基づいて被控訴人を解雇することはできないし、解雇予告手当の支給がないから、その意味でも解雇は無効である。

6  (被控訴人の身体障害を理由とする解雇の主張に対し)

(一) 労働者は専ら自己の労働力の提供を通じてのみ生計を営みうるものであるから、労働者を雇傭して企業活動を行う企業者は、その目的である利潤の追求に重大な支障を生じないかぎり、雇傭を継続すべき社会的責任を有するものである。しかるに控訴人は被控訴人を昭和四六年一一月一五日以後はもとより第一審判決後も、被控訴人の再三の要求を無視して就労させず、被控訴人を排除しても支障のない生産体制を組んでおり、このような状態の下では、仮に被控訴人に身体障害のため就労できないという状況があったとしても、これを解雇することは権利の濫用として許されない。

(二) 仮りに被控訴人が昭和四六年一〇月一五日当時の職(車体組立工)に復帰できないとしても、より軽度の作業ならば耐えうることは明らかであるから、控訴人は前記企業の社会的責任の立場から、控訴人会社の内部で被控訴人のためにしかるべき稼働の場を確保すべく努力する義務があるというべきで、右義務をつくすことなくなされた解雇の意思表示は、社会的妥当性をもたず、公序良俗に反し無効である。

二  控訴人

1  被控訴人の前記一の1の主張のうち、社員登用選考を受ける資格が、準社員として通算勤続六ケ月経過した者とされていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

本件について民法第一三〇条が適用されるとの点は争う。

2  同一の2の主張は争う。

3  仮に控訴人が原審で主張した雇傭契約終了の主張がすべて理由がないとしても、被控訴人に対する準社員雇傭契約の期間は昭和四七年四月二八日までとされていたから、同日の経過とともに控訴人と被控訴人の間の右雇傭関係は終了したものである。

4  仮に右期間満了の主張が理由がないとしても、控訴人と被控訴人の間の雇傭契約には、原判決別紙二記3の条項があり、通算勤続一年以内に正社員として登用されなかった場合には一ケ月の予告期間をおいて雇傭を打ち切ることができるものであるところ、被控訴人がした昭和四六年一〇月一五日付雇傭契約更新拒絶の意思表示は、現在に至るまで被控訴人によって維持されているので、右意思表示は右条項による一ケ月の予告期間をおいた雇傭契約打切りの意思表示に当るというべく、昭和四七年四月二八日をもって控訴人と被控訴人の間の雇傭関係は終了したものである。

5  仮に右の主張が理由がないとしても、(一)被控訴人は昭和五〇年七月一七日業務外の事由により頭部外傷、脊髄損傷等の傷害を負い、五〇日余り入院加療につとめたが、完全には回復せず、身体傷害のため就業にたえない状態となったので、(二)控訴人は準社員就業規則第三〇条第三号に該当するとして、昭和五〇年九月二六日到達の書面で被控訴人に対し解雇の意思表示をなした。

よって、控訴人と被控訴人の間の雇傭関係は、解雇予告手当の支給のない場合として、右意思表示到達後三〇日を経過した同年一〇月二六日をもって終了した。

第三証拠(略)

理由

一  当事者双方が原審で主張したそれぞれの攻撃防禦方法についての当裁判所の事実の認定ならびに法律上の判断は、次に訂正するほかは原判決の理由に記載されているところと同一であるから、これを引用する(ただし「原告」とあるのを「被控訴人」、「被告」とあるのを「控訴人」と読みかえるものとする。)。

(一)  原判決一六枚目表五行目から六行目にかけて「準社員雇傭契約承認書」とある部分から同裏二行目「相当である。」までを次のとおり訂正する。

「準社員雇傭契約承認書において支障がある場合には雇傭契約の更新がなされないとされている「支障」とは、景気変動のため過剰人員整理の必要が生じたような場合を別にすれば、当該準社員に就業規則所定の解雇事由に該当するものがなくても、その勤務成績、勤務態度、能力その他において社員としての雇傭関係を維持するに足りる適格性を欠くと評価するのももっともと認められるような事由が存する場合を指称するものと解するのが相当である。」

(二)  原判決一七枚目裏三行目「中座」を「中断」と訂正し、同二〇枚目表四行目から五行目にかけて「偶発的に」とある部分を削除し、同五行目「原告は」から九行目「できない。」までを「控訴人につき社員としての雇傭関係を維持するに足りる適格性を欠くと評価するのももっともと認められる事由があるとするに足りないというべきである。」と訂正する。

(三)  原判決二〇枚目裏二行目「いうべきであり、」を「いうべきである。」と訂正し、同「また」から同八行目までを削除する。

二  被控訴人の主張第二の一の1について判断する。

被控訴人は、控訴人との間の準社員としての雇傭契約には選考を条件として正社員たる地位を取得すべき旨の約定が存するところ、控訴人は被控訴人が右選考を受ける機会を奪い、故意に右条件の成就を妨げたものであるから、民法一三〇条の適用により正社員たる地位を取得したと主張する。しかしながら、控訴人会社においては準社員は勤続期間六ケ月を経過した時に社員登用者としての資格を取得し、選考を経て正社員に登用されるものとされていること、従来準社員は特段の事由のないかぎり登用試験に不合格となることはなく、一年以内に選考によって正社員となっていたことは前記認定のとおりであるが、これらの事実から直ちに、被控訴人と控訴人との準社員雇傭契約中に、控訴人において正社員の選考を実施し、これに合格することを条件として被控訴人に正社員たる地位を取得させる旨の約定が存したとか、ないしはかかる内容の特別の契約が同時に締結されたものと認めることはできず、他にこれを認めしめる証拠はない。のみならず、仮に右のような約定の存在を肯定するとしても、前認定の経緯に照らせば、控訴人は被控訴人に対する雇傭契約更新拒絶が有効になされたものと信じて被控訴人に対し正式社員の選考を実施しなかったにすぎないと認められるから、故意に右条件の成就を妨げたものということはできない。それ故、被控訴人の上記主張は理由がない。

三  控訴人の主張第二の二の3について判断する。

控訴人と被控訴人との間の雇傭契約は、当初は昭和四六年四月二九日から同年八月一五日までとして締結され、右期間満了の際は支障のない限り三ケ月ずつ自動的に契約が更新される旨の約定が附加されていたことはさきに述べたとおりであるところ、右契約が最終的には満一年を経過した昭和四七年四月二八日をもって満了すべき法律上の原因については控訴人においてなんらの主張立証をしないから、昭和四七年四月二八日かぎり本件雇傭契約が終了した旨の控訴人の主張はとうてい採用することができない。

四  つぎに控訴人の主張第二の二の4について判断する。

控訴人の右主張の適否は原判決別紙二「準社員雇傭契約承認書」記3の条項の解釈如何にかかわるものであるところ、右条項において一年の期間が定められているのは、準社員が正社員の補給源たる面をも有することにかんがみ、右期間中における勤務成績、勤務態度などを総合的に評価し、当該準社員が正社員としての適格性を保有するかどうかを判断するためのいわば適格性の審査期間として設けられたものと認められ、かかる条項の趣旨に照らすときは、同条項にいう「通算勤続一年以内に(正社員に)登用されなかった場合」とは、現実に一年間準社員として勤続したにもかかわらず選考に合格することができず、結局正社員に登用されるにいたらなかった場合を意味し、本件における被控訴人のように控訴人の無効な雇傭契約更新拒絶により、その意に反して職場から排除され、現実に勤務した時間が一年に満たない者については適用されないものと解するのが相当である。よって、控訴人の上記主張は採用できない。

五  控訴人の主張第二の二の5について判断する。

被控訴人が昭和五〇年七月一七日業務外の事由により傷害を負い、入院加療に及んだこと、控訴人がその主張のとおり被控訴人に対し解雇の意思表示をなし、被控訴人に到達したこと及び控訴人会社の準社員就業規則第三〇条第三号に控訴人主張の解雇事由の定めのあることは、当事者間に争いがない。鑑定人河井弘次の鑑定の結果によれば、被控訴人は昭和五〇年七月一九日長岳キャンプ場において約四、五メートルの高さから転落受傷したこと、目白第二病院に入院し、頭部外傷、両肩打撲傷、顔面挫創傷、腹部打撲傷及び脊髄損傷と診断され、治療を受け、同年九月九日退院したこと。しかしなお両下肢の不全麻痺があり、頸髄損傷の病名により同年九月一六日川崎幸病院に入院加療し、同年一二月六日退院したが、引き続き外来患者として同病院で治療を続けたこと、本鑑定のための診察(昭和五一年九月二七日から同年一一月一八日までに前後五回)の時点において、被控訴人にはなお頸髄損傷による機能障害(労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表第九級七の二に相当するもの)が残存し、この障害は永続すると考えられること、そのため被控訴人は控訴人が被控訴人を雇用した目的である自動車車体組立工としての作業を継続遂行することは無理であることが認められ、これに反する証拠はない。ちなみに甲第二号証(診断書)には、昭和五一年二月四日現在において、被控訴人が原職復帰に支障のない程度にまで回復した旨の記載があるが、鑑定の結果と対比するときは、これをもって上記認定を左右する資料とすることはできない。

してみれば、被控訴人は控訴人のした前記解雇の時点において、身体に障害があり、就労にたえなかったのみならず、近い将来における回復の見込もなかったというほかはなく、したがって控訴人は上記就業規則所定の事由に該当するものとして被控訴人を解雇しうるものといわなければならない。そして控訴人のした前記解雇の意思表示は解雇予告手当を支給してなされたものではないが(この事実は当事者間に争いがない。)、そのために右解雇の意思表示が無効となるものではなく、三〇日の期間を経過した後に解雇の効力を生ずるものと解されるから、本件雇傭契約は、昭和五〇年一〇月二六日限り終了したものというべきである。

六  被控訴人の主張第二の一の6について判断する。

(一)  まず被控訴人は、企業者の社会的責任なるものを云為して控訴人による被控訴人身体障害を理由とする解雇が解雇権の濫用であると主張する。しかし被控訴人のいうように、企業者に対し正当な理由のない限りその雇傭する労働者を解雇しないことがその社会的責務として要請されるとしても、このことから身体障害のため雇傭の目的を達することができない者を解雇することが解雇権の濫用に当たるとの結論を導き出すことができないことは明らかであるし、その他被控訴人の主張するような事実を考慮に入れたとしても、なおこれを解雇権の濫用であるとすることはできない。それ故、被控訴人の右主張は採用できない。

(二)  次に被控訴人は右解雇が公序良俗に反し無効であると主張する。なるほど被控訴人が前記身体障害により完全に労働能力を喪失したものではなく、軽微な労務ならば支障なく遂行しうるであろうことは前記鑑定の結果によって知りうるところであるし、控訴人のようないわゆる大企業といわれる規模の会社において、職場外の事故によって労働能力を一部喪失した従業員に対し、解雇でなく、配置転換をもって臨むことは決して不可能ではなく、またこれを求めてもあながち難きを強いるものとはいえず、むしろある意味ではそれが望ましいといえないこともないが、しかし特段の事情のないかぎり、これを控訴人の義務として要求し、かかる措置をとらなかったことをもって社会観念上重大な非難に値する行為で、公序良俗に違反するものとすることはできない。そして本件においては右の特段の事情について格別の主張立証がないから、被控訴人の上記公序良俗違反の主張も採用できない。

七  以上の説示によって明らかなように、被控訴人の原審における請求のうち、準社員としての雇傭契約の更新を拒絶された日の翌日である昭和四六年一一月一六日から前記解雇の効力発生の日の前日である同五〇年一〇月二六日まで毎月金四万七六二八円の割合による賃金の支払いを求める部分は理由があるが、それ以後の賃金を請求する部分並びに当審において追加した被控訴人が控訴人の正社員としての雇傭契約上の権利を有することの確認を求める新請求と、当審において第二次的請求に変更された被控訴人が控訴人の準社員としての雇傭契約上の権利を有することの確認を求める請求はいずれも失当として棄却を免れない。よって被控訴人の賃金請求および準社員としての雇傭契約上の確認を求める請求を全部認容した原判決はこれを変更して、右の限度で被控訴人の請求を認容し、その余は棄却し、被控訴人の当審における新請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村治朗 裁判官 石川義夫 裁判官 高木積夫)

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